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涙というものが出たことがない。生理的なものではもちろんあるが。
朝、少女は目覚める。制服に着替え、朝食をとる。そして、窓の外を見る。空は蒼く澄んでいて、朝の光はあたたかな色合いをしている。だが、少女――彼女にはそれが“あたたかだ”とは感じない。光は青に近い色。朝食を最後に家族一緒に食べたのはいつだったのだろうか。父親は仕事で、彼女が目覚めるときにはすでにいない。そして、彼女が寝静まって、帰ってくる。母親は今同じ部屋にいる。でも一緒には食べていない。
テレビはつけていない。食事の消化が悪くなるそうだ。台所から聞こえる食器がぶつかる音、水を流す音。それを無くしたら、きっと無音の空間になるだろう。
「今日は、模試なのよね」
母親のなんとなく冷たい声を聞きながら、少女は無言で卵焼きを口に入れる。これは母親が作ったものだ。味はたしかに良い。体調を崩さないために、栄養管理もされている。母の愛がこもっているのか。だが、どうも“あたたかさ”は感じられない。
「帰ってきたら問題、見せなさいね。また下がったら塾をふやしますから」
母親は彼女に勉強の事に関して話しかけるとき、敬語になる。形にあらわしたら凍った水晶をより尖らせた様な口調で。・・・・成績は、またさがっているかもしれない。「また」というのは何回目だろうか。下がって、上がって。この繰り返しの回数である。一位から二位へ。二位からまた一位へ。 うすっぺらい紙でできたテストで一位から二位へ落ちることは、世間からしてみれば、プライドなどを抜けば、一位も二位も、どちらも良いのだと思うし、そんな違いは、それほど深刻なものではないかもしれない(点数がかけ離れていれば別だが)。 勉強も順位など考えなければ苦痛ではない。ただ、自分の世界の絶対的存在―――母親という存在が、彼女の心臓を握ったかのようなに、胸が締め付けられる感覚にさせた。
〈視点
母親は、完璧以外は嫌う。嫌う、は「嫌悪」というよりは「拒絶」に近い度合で。
この事に気づいたのは、私が小学校の、まだ低学年の頃だったと思う。「国語たっせいどテスト」の件だ。そういえば母は、このテストの前に、やたらと漢字を私に書かせていた気がする。私はただ書いていた。なぜ書いているか、という意味は、考えていなかったのかもしれない。でも、私が書いている時、母は笑顔で、それが嬉しかった。テストは150門中、149点だった。「矢」と「失」を書き間違えていた。 150点をとった生徒がいたらしく、私はクラスで二番目だった。テスト用紙には、教師から“よくがんばったね、次は小さいところにもちゅういしよう!”というコメントが書いてあった。 この時点では、私は教師からの がんばったね、というコメントが嬉しかったのか、1問を逃して二番目だったことよりも、149点で、二番目をとることができた、という考えだった。それに、小さかったから、順位の意味など分からなかったのかもしれない。 私はスキップをしながら帰り道を通った。きっと母は褒めてくれるだろう。149点だったよ、二番目だったって。母の笑顔が頭に浮かぶ。よくがんばったね そう言ってほしい。
手がなかなか届かない取っ手を背伸びして元気良く引き、家へと入る。
「ただいま!」私は大きな声で言う。
「おかえりなさい」 母が私を出迎えに来る。
二人は部屋へ入る。母は笑顔だ。私はテストを母に見せた。
母はそれをまじまじと見つめる。
「149点だったんだ、先生にほめられたよ!」私は満面の笑みを浮かべながら、彼女に言った。
「・・・・そう、それで 何位だったの」
「え?うん、二位だっ
「なんで間違えたのよ!!!」
・・・
まるで陶器を思い切り地面に叩きつけたような衝撃が、部屋に響き渡った。私は何が起きたのかが分からなかった。
母の顔を見た。初めて見た顔だった。顔は下を向いていたため陰になり、暗くなっていて、口を歪め、屈辱を受け、悔しそうな表情。濡羽色の眼には鋭く青い光がはしっていた。瞳はこちらを向いた。そして、手に持っていたテストを、グチャグチャに丸め、その後ビリビリと破き、私の前で、紙屑になったそれをばら撒いた。
「・・・一番をとらなきゃ。満点でなきゃ意味がない。 こんな簡単なもので、ね」
母は部屋から出ようと、扉へと向かった。扉を開けたとき、
「お母さんは失望はしたくはないの。あなたはいい子なんだから」と、小さな声、でも私に聞こえる声で、息を吐く様な感じで、静かに言い、母の姿は見えなくなった。
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それなりに田舎のとある私立校通いの学生。クラスの人数に悲しくなります。